IT Proで連載されているこちらのコンテンツ。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20070220/262603/
コーチングを学んでいる者にとって、また部下を育成しなければならない管理職やリーダークラスにとって、ヒューマンマネジメントの題材は非常に良い教材となります。
以前、この連載は裏工作によるテクニックを紹介したため、読者の反感を買って炎上したことがありますが、非常に効果が高く、しかも安易な道ですので、誘惑にかられて同じ手を使ったことのある人も少なくは無いのではないでしょうか。
さて、今回の題材は「人を動かす」です。
これは正直難しい題材です。
それをいとも簡単にやってのけてしまう芦屋氏には感服しますが、コーチングの観点から見ると、“それは本当に良い対応なのだろうか?”と思える点がいくつかありますので、同じ題材で考えて見たいと思います。
まずは抜粋から。
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芦屋: 坂本,どう? 出てきたものを見せてくれないか?
坂本: はい,これです。(資料を見せる)
芦屋: (資料を見る)なんか,いい加減な資料だな。ラフな機能設計を依頼したつもりだけど,入力画面も,出力画面もないじゃない?これじゃ,企画書に落とせないよ。先方にも持っていけないな。
坂本: そうなんです。何回かトレースしたんですけど,「これが限界」っていうんですよ。あいつら,忙しいと言って,言い訳するんです。真剣に考えないんですよ。
(中略)
芦屋: まあ聞け・・・今後は,君も開発者からリーダーになる。人のマネジメントを学んでほしい。みんなは,君ではないよ。君は自分に厳しい。能力も高い。でも,みんな君のように厳格ではないよ。
坂本: ・・・
芦屋: 自分に甘く,他人に答えを求める人が多いし,自分にメリットがなければ動かない人も多い。厳しく言えば気分を害し,仕事をしてもらえば,報酬を要求する。
坂本: それは,緩い人間ですよ。そんな人は厳しく言わないと駄目ですよ。
芦屋: それで変わらなかったらどうする?いつまでも仕事が進まないし終わらない。仕事ができないならともかく,忙しくて苦しい人たちに,さらに仕事をしてもらうためには,言い方の配慮,報酬の配慮がいる。それを考えながら,人を動かしていくのがヒューマンマネジメントだよ。
坂本: ・・・
芦屋: 人が動かないと嘆いていては駄目だ。他人を責めるだけでは問題は解決しない。動かない人を動かすことが必要なんだよ。それが,俺たちの仕事だと思っている。坂本にも,そうやってほしいんだ。
坂本: 芦屋さんが言っていることは分かります。でも,どうすれば・・・
芦屋: 具体的には言い方だよ。「販社に提案するから君らの責任で考えろ」では動かない。「販社の提案に成功したいから,協力してほしい。私が責任を持って考えるから,私に教えてほしい」といえば動くんだ・・・人は,責任を持たされると怖くなる。だから,抽象的で,腰の入らない検討しか出てこない。
坂本: そうかもしれません。でも,私は駄目です。彼らとの人間関係は悪いし・・・
芦屋: そんなのわかってる。だから,その関係を変えよう。坂本が一生懸命考えれば,必ず,彼らに君の気持ちは伝わるよ。人は,自分で責任を負って仕事をしている人に感動するんだ。それを見せつづけることで,君は人を動かす力を持つんだよ。 |
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なるほど。なかなか良いことをおっしゃいます。
誠心誠意、部下に想いを伝えている様子は非常に好感が持てますね。
そして、その結果どうなったかというと、
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そして,これ以降,次第に坂本の人当たりは柔らかくなっていきました。彼の厳格さは,他人ではなく「自分の責任を果たす」という部分に移っていき,それとともに,他人には丁寧に接するように変わっていったのです。 |
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本当だとすれば、すごい。大したものです。
でもですね、なにか釈然としないような・・・
いわゆる、上司からお説教を受け、まじめにそれに対して考え、きちんと結果を出す。
坂本さんは上司から見たら、この上なく優秀な部下です。
でも、ちょっと話として出来すぎではないか・・・?
ちょっと言われただけで、人は変われるものなのでしょうか?
そこで、私は声を大にして言いたいと思います。
嘘つけ。
と。
人がそんなに簡単に変わってたまるもんですか。
いや、もちろん、衝撃的な体験をしたり、心底考えさせられるような事柄が起きたり、適切なコーチングセッションを経ることにより、劇的に変わることはありえます。
しかし、元記事の文を見る限り、以下の構図がどうしても見えてしまうのです。

上司は説教好きです。伝わっていようがいまいが、言いたいことを言います。
かつ、言いたいことを言い終わって反論が無ければ、相手に伝わったと思い込んでしまうのです。
そして究極の思い込みがこの図。

当人、とりあえず従ってその通りに動いてみるのですが、なんか
釈然としない感じ。
でも、そんな当人の困惑とは別に、上司は
言ったとおりに部下が動いてくれればそれでご満悦
理由は、元記事の坂本さんと芦屋氏の文字数の違いを見れば一目瞭然です。

行数からして全く違います。要は、一方的に話をしている構図が浮かびます。
これが居酒屋なら、1時間のうち上司が59分間話し続ける典型的な例かもしれません。(誰にも一度は経験があるかもしれませんね)
確かに、この方法であっても人の行動は表面的に変わっていきます。
しかし、これは単なる“指導”であって、ヒューマンマネジメントではありません。
ヒューマンマネジメントと言うからには、もっと本質的な人間の深い部分にスポットライトを当てるべきなのです。
ありがちではありますが、当初の坂本さんの価値観は以下のようだったはずです。
そして、芦屋氏との会話を経て、
というところに、なんとか自分一人でたどり着いたのかもしれません。(下図)

この図では、「自分の責任範囲の仕事」というところから「全体の仕事への責任」へ意識を膨らませています。
結果から見れば、このような変遷が坂本さんの中で起こったのでしょう。
ただし、見落としてはならないのは、坂本さんの仕事に対するモチベーションが高かったからできたことであり、さらに言えば、坂本さんと芦屋氏の価値観が近いところにあったから上手くいったのだといえます。
人は誰しも、自分の“行動基準=価値基準=価値観”によって行動します。
価値観が近い人の発言は受け入れやすいですが、全く価値観が異なる人の話は、話としては面白いものの、自分の行動になかなか反映できません。
しかし、今回の話の一番かつ本質的な問題である、“坂本さんが回りに仕事をさせる(してもらう)”という問題は、坂本さんの依頼先の周囲と坂本さんの価値基準の違いという問題にスポットライトが当たっていないのです。
【本質的な問題:2者の価値観の違い】
坂本さんの価値観:もっと積極的に仕事をすべきだ。(自分に厳しく、向上心旺盛)
同僚の価値観 :言われたことをこなす。(自分に甘く,他人に答えを求める)
※同僚の価値観は、芦屋氏の発言から抜粋。(=推測)
これはある意味仕方が無いことなのだと思いますが、元記事は、芦屋氏が部下に言うことを聞かせるためには、という視点で書かれています。決して、どうやって坂本さんの問題を解決できるか、という観点ではないのです。
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坂本が一生懸命考えれば,必ず,彼らに君の気持ちは伝わるよ。人は,自分で責任を負って仕事をしている人に感動するんだ。それを見せつづけることで,君は人を動かす力を持つんだよ。 |
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この言葉に納得したのかどうかわかりませんが、芦屋氏の伝えたいこと⇒坂本さんの行動、といった形で伝播して一見上手く言っているように見えます。
でも、それだけでは、恐らく周囲は動かないでしょう。
周囲は、なぜ坂本さんが一生懸命やっているか、というところまで見ます。そのモチベーションの源泉が、“仕事好きだから”“自分のために働いている”というところが見え隠れしてしまうと、いかに一生懸命働いていても周囲は“あいつはそういう奴だ”で終わってしまいます。
本当に周りに動いてもらうためには、あえて極端に書きますが、情熱を持って見返りなく自らを犠牲にしても掛け値なしにお客様のために価値を提供するという姿(リーダーシップ型)、もしくは、相手(周囲)の懐に入って相手のモチベーションの源泉を理解した上で、それに見返りをきちんと提供できる姿(ギブアンドテイク型)のどちらかになるはずです。“見せつづける”だけでも上手くいく場合もありますが、それは非常に気の遠くなる時間がかかります。
芦屋氏が坂本さんに本当に伝えるべきは、「それぞれの事情はあれど、何らかの《共有できるもの》があって初めてチームはまとまる」という事実です。
よって、恐らくこの後、坂本さんは、表面上人当たりは柔らかく取り繕うことはできますが、相手との価値観あわせで苦労するのではないでしょうか。
意図するところは芦屋氏と同じではありますが、上司はそれをどう支援するか、が重要になります。
そのためには、上司の一方的に伝えるマネジメントスタイルは通用せず、コーチングが必要になります。
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この間5分くらいです。その後,私は部屋を出ていき,坂本を残しました。それ以上言っても効果はありません。坂本が自分で考えるように一人にしたのでした。 |
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「それ以上言っても効果はありません」というところに芦屋氏のスタンスが現れていると思いますが、重要なのはまさにこの後の「考えること」なのです。
自分で考えるということはとても大切で、その点は芦屋氏は部下への配慮からか、一人で考えさせることを好むようです。
(これはマネジメントスタイルでしょうから、良し悪しではありません)
ただ、部下の成長に少しでも貢献したいという思いがあれば、さらに、コーチングの技術を使って坂本さんに対して、その考えを促したり、新たな視点を提供することができます。
そして、坂本さんは自ら“気づき”を得て、より大きく飛躍することが可能になるのです。
コーチングの基本は、
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聴く。なぜそう考えるのか、価値観は何かという本質を捉え、共感を示す。
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どうなりたいか考える。どういう状態が成功と言えるのかを引き出す。
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そのためにできることは何があるか、活用できる協力者、リソースは何かを考える。
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コミットする。意思を確固たるものにし、実現に向かう。
そして、行動し終わったら、フィードバックをします。
特に、今回のように上手くいかなかったケースを扱うには、最初からこの方法を行っても良いと思います。
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Situation「状況」 「どのような状況の中でなされたのか」
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Task「職務」 「何をすることになっていたのか」
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Attitude「言動」 「何を言ったか、言わなかったのか。何をしたか、しなかったのか」
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Result「結果」 「実際に創られた結果、変化は何か」
【参考:フィードバックのスキル】
http://daigan.dir.st/cs/blogs/blog/archive/2006/09/26/117.aspx
芦屋氏の言うとおり、「自分の責任を果たす」という、責任範囲を「自分の仕事」から「全体の仕事への責任」に転換することは、自分ひとりでも考えられるでしょうし、比較的容易です。
しかし、その後、坂本氏が回りに“柔らかく接する”だけでなく、
というところまで考え抜かないと、この先は無いはずです。
ぜひ、元記事の著者には、せっかく良い題材を扱っていて、かつとても知識・テクニック・経験を持ってらっしゃるのですから、もう一歩深いところに入り込んで、魂と魂がぶつかるような深い考察からの記事を期待したいところです。